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東京高等裁判所 昭和41年(行ケ)148号 判決 1969年2月26日

原告

新日本電気株式会社

代理人弁理士

栗田春雄

被告

特許庁長官

指定代理人

熊谷郁郎

ほか一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実《省略》

理由

〔編注・この実用新案登録願の説明書の「登録請求の範囲」の記載は、「不透明の中心電極1の外周を発光性誘電体層2が囲繞し更にその上に透光性の外被電極3が積層されて一体となり軸方向に延びて成る電気発光装置の構造」である。そして、引例は「電気発光筒」の考案にかかり「ガラス等の透明絶縁物質筒1の内面に順次に酸化錫等の蒸着による導電物質の透光物質層2、半透明螢光物質層3および2層と同様の酸化錫等の蒸着層4、最内側に透明絶縁物質筒5を設けて成る電気発光筒の構造」である。〕

1、<省略>

2、<前略> 右によれば、引例は最内側に透明電極つきの透明絶縁物質筒を有するのに対し、本願は不透明の中心電極を有する点および引例は最外側に透明絶縁物質筒を有するのに対し、本願はこれを有しない点において構造上一おうの差異が認められるだけで、その他の点では一致しているといえる。

3、原告の主張四、(一)について。〔注、不透明の中心電極について〕

まず<証拠>によれば、本願の説明書の「実用新案の説明」の項には、本願考案の目的は、従来の電気発光装置が発光性誘電体層を間に挾んだ二個またはそれ以上の相対する平板または彎曲板などの板面状の電極を具備した構造であるのに対し、特に直線状または任意の形状に彎曲した棒状または帯状をなす電気発光装置を提供しようとするものであり、この装置が任意の断面形状の軸線方向に延びた発光体であつて任意の成型をなしうる特徴を有するので、例えば各種文字、図案を形づくることが容易であるため従来のネオンサインと同一の用途に、また軸に垂直な切断面の外被電極がエンドレスであるのを利用して理髪店用の回転円筒広告灯にも適用できる、という効果をもつものである旨記載されていることが認められる。

そこで、このような本願考案の目的、効果との関係において、前記「登録請求の範囲」の記載のうち「不透明の中心電極1」の部分における「不透明の」という限定について考えてみると、前記甲号各証によれば本願の説明書には、中心電極1が不透明であること自体による作用効果についてはなにも記載がなく、単に、「不透明電極の外表面を研磨、電鉱等による処理または酸化チタンのごとき物質を塗布して発光光線の反射率をよくして発光効率を増大せしめることもできる。」との記載により、特別の高反射処理を施こして反射による発光効率を増大させるような任意的な一実施例を示しているにすぎないことが明らかであり、そしてまた、前記のような本願考案の目的および効果からすれば、中心電極1が不透明でなければ、右目的および効果が達成できないという技術上の必然性も考えられないところである。したがつて、本願の「登録請求の範囲」に中心電極1を「不透明の」ものに限定していることは、考案の目的、作用効果との関係では意味のない限定を附したにすぎないものであつて、それは本願考案の特徴事項とするにあたらないことであり、この意味で右の限定内容は本願の考案を構成する必須の要件ではないといわねばならない(なお、前記甲号各証によれば、本願の出願当初の説明書には、その「実用新案の説明」および「登録請求の範囲」のいずれの項にも「透明または不透明の中心電極1」と記載されていたところ、特許庁の審査の段階で「本願において中心電極を透光性とした場合」には引例の「先願との関係に疑義を生ずるおそれがある」ためこれとの類似関係を回避するため(この点につき甲第四号証中の「意見書」参照)、原告において右の「透明または」の文字を削除する訂正をして、不透明のものに限定したという経過にあること、そして、右の訂正にかかわらず、本願の当初の明細書の「実用新案の説明」の項の他の部分には何の訂正も加えられていないこと(出願当初の明細書のこの項の記載は、限定のない中心電極を有する場合についての記載であるから、これを不透明のものに限定した以上、その限定に作用効果上格別の意味があつて、考案の構成上意味のある限定であるならば、その作用効果に関連して当然右部分の記載に訂正が加えられるものと考えられる。)が認められるのであつて、出願の経過にあらわれている右の事跡は、訂正による中心電極の限定が、作用効果とは関係のない、すなわち考案の構成上格別の意味のないものであることを物語るものであるといえよう。)。

したがつて、本願と引例との考案としての異同を対比判定するにあたり、本願の中心電極1が不透明である点は、格別に意味あることすなわち考案構成上の独自の要件として考慮するに値しないことというべく、この点で原告の四、(一)イの主張はすでに失当であつて、結局この部分における本願の引例との差異は設計上の微差であると見るべきに帰する(附言するに、原告は、本願は、電気発光装置としての構造上、装置外方へ投射される発光光線を強めうるように、中心電極1に高反射のものを用いることは工業目的上自明のことであり、かりにそれが高反射性を有しない場合には、表面に高反射性の層を設けてこれに高反射性を付与し、同一の効果をえられるのであるから、本願において中心電極1を「不透明の」と限定したこと自体本願が中心電極1の表面における反射による主張の如き効果を有することをあらわしているとして「不透明の中心電極1」による引例との差異を主張する。しかし、たとえこの種装置において、一般に装置外方に投射される発光光線を強めうるように、反射その他の光学上の原理を利用するよう企図すること自体は通例であるとしても、本願の明細書には、中心電極1を「不透明」にすることによる作用効果についてはその記載がないこと前記のとおりであつて、すなわち具体的に「不透明の中心電極1」の表面の部分においての反射ということについては説明されていないのであり、しかも右の「不透明の」という限定が、技術上当然その表面における反射作用に関係しての限定とは解されない以上(「不透明」はその表面における反射とは関係がない。)、中心電極1を不透明にしたことが、あたかもこの部分の表面の反射を目途しているものと即断し、この目的にそう格別の選択ないし操作を当然のことであるとしたうえこれによる作用効果を本願の作用効果であるとする原告の右主張は、説明書に基づかない独自の主張というほかなく、採用の限りではない。)。

なお、また、不透明の中心電極を金属で構成する場合の効果に関する原告の主張ロは、本願が中心電極の材質について限定するところがなく、その説明書の「実用新案の説明」の項に「中心軸の電極としては例えば中空または無空の金属がよくその他導電性ガラス、導電性プラスチックが使用できる」として、単なる一実施例として金属をあげているにすぎないのであるから、一実施例のもつ作用効果をとり上げて本願考案の作用効果を論ずる誤りがあり、その主張自体採用できないものである。

4、原告の主張四、(二)について。〔注、最外側に透明絶縁物質筒の有無について〕

甲第三号証(引例の公報)によれば、引例の電気発光筒において装置支持体としての機能を外側透明絶縁物質筒1に依拠することについて直接触れるところがなく、技術上そのことを窺わせるものはない(技術的には、内側透明絶縁物質筒5にこの機能をもたせることもできるであろう。)。したがつて、引例の透明絶縁物質筒1が十分の機械的強度を必要とする支持体となることを前提とし、本願との構成上の相違をいう原告の主張は、すでにその前提において失当であつて採用できない。ひいてまた、引例の右外側透明絶縁物質筒が十分の機械的強度を有することを前提とし、本願の装置との間に各種製品の製造上難易の差があるとして、この点に本願と引例との作用効果上の差異があるとする原告の主張ももとより前提を欠くもので理由がない(なお附言するに本願の説明書と引例の公報とによれば各構造の記述の順序が、本願においては内側から外側へ、引例においては外側から内側へという順序に記載されているのであるが、それらが単なる記述の順序にすぎないもので、構造形成の順序を示すものでないことは実用新案の構造の記載であることから当然である。)。

そして装置全体をシリコンオイル等の絶縁油中に浸漬し、保護膜を用いないような特殊な使用方法がありうるとしても、本願の説明書に例示する「ネオンサインと同一の用途」ないし「理髪店の回転円筒広告灯」等に用いる装置の通常の使用方法において、外被電極3の外側に感電漏電防止ないし装置の被損防止のため保護層を設けることは、この種装置としてむしろ当然のことであり、本願の説明書にも「外被電極の表面が破損するのを防止するため、その外表面にグラスライニング、透明プラスチック等の膜を設けた方がよい」旨記載されているのであつて、引例における外側透明絶縁物質筒1もこのような保護層としての役割を果たすものと認められる。

以上のとおりであるから引例が外側に透明絶縁物質筒1を有し本願が格別これを掲げていないことは、両者の考案としての差異をもたらすような相違ではなく、構造上の微差にすぎないというべきである。

5、原告の主張四、(三)について。〔注、本願を全体として考察した場合の相違について〕

原告の主張四の(一)および(二)に指摘された本願と引例との差異が、いずれも構造上の微差にすぎず、これらを総合してみても、両者が考案として別異のものであると認めえないことは、すでに説明したところから明らかであるから、原告のこの主張も採用できない(なお、さきに認定した本願のもつ効果、すなわち本願の装置が、従来の相対する平板または彎曲板など板面状の電極を具備した電気発光装置に対し、棒状、帯状等任意の断面形状の軸線方向に延びた発光体であるため任意の成型をなしうる特徴を有するという点については、引例のものも筒状の軸線方向に延びた発光体であつて任意の成型をなしうることがその構成上容易に窺われ、したがつて両者はその点の技術思想においても共通であると解することができる。)。

6、以上、本願は考案として引例の域を出ないものであるから、引例と類似の実用新案というべきであり、かつ、本願の出願の出願日が引例のそれよりものちであることは、弁論の全趣旨により明らかであるから、実用新案法施行法第二一条の規定によりなお効力を有する旧実用新案法第四条を適用して本願を登録すべきでないとした審決には誤りがない。

よつて、審決の取消を求める原告の請求を失当として棄却する。(古原勇雄 杉山克彦 楠賢二)

審決

抗告審判請求人

新日本電気株式会社

代理人弁理士

栗田春雄

昭和三四年実用新案登録願第二九八三四号

「電気発光装置」拒絶査定不服抗告審判事件について次のとおり審決する。

主文

本件抗告審判の請求は成り立たない。

審決の理由

本件は、実用新案決施行法第二一条第一項の規定により、なお従前の例によつて審理する。

本願は昭和三四年五月二六日の出願であつて、その実用新案の要旨は図面、説明書、及び昭和三七年一〇月一〇日付提出の訂正書の記載からみて、訂正された登録請求の範囲に記載されるとおりの「不透明の中心電極1の外周を発光性誘電体層2が囲繞し更にその上に透光性の外被電極3が積層されて一体となり軸方向に延びて成る電気発光装置の構造」にあるものと認められる。

一方、原査定の拒絶理由に引用された登録実用新案第五一二五三八号(実公昭三五―二三〇)は昭和三一年六月一九日の出願であつてその実用新案の要旨は、その登録請求の範囲に記載されるとおりの、「ガラス等の透明絶縁物質筒1の内面に順次に酸化錫等の蒸着による導電物質の透光物質層2、半透明螢光物質層3及び2層と同様の酸化錫等の蒸着層4、最内側に透明絶縁物質筒5を設けて成る電気発光筒の構造」にあるものと認められる。

そこで、本願の実用新案(以下前者という)と引用登録実用新案(以下後者という)とを対比すると、両者は、後者では最外側に透明絶縁物質筒を有するに反し前者ではこれを有しない点、後者では最内側に透明電極付きの透明絶縁筒を有するに対し前者では不透明の中心電極を有する点で、構造上一応の差異が認められるだけで、その他の点では一致していることが認められる。

そして上記差異第一点については、筒内方向に発する螢光光線が螢光物質層を通過して筒外に出て、直接筒外に投射する螢光光線を強めるという効果を奏する上には、後者の透明絶縁物質筒が必須のものとは認められず、一方前者の説明書(第二頁第九〜一二行)には「此の場合その(外側の透明導電層のことと認められる)表面が破損するのを防止するためにその外表面にグラスライニング、透明プラスチック等の膜を設けた方がよい」との記載が認められるので、この点は両者間の実質上の差異をなさず、構造上の微差にすぎないものと認められる。

つぎに上記差異第二点については、請求人も請求書においてその差異を述べ、さらにこれによる効果として、後者において筒内方へ出る発光の経路を内側発光点→蒸着属4→透明絶縁物質筒5→(反射)→透明絶縁物質筒5→蒸着層4→螢光物質層3→蒸着層2→透明絶縁物質筒1→外部であるとし、前者においては上記4→5→(反射)→5→4の透過経路が省略できるから、その分だけ発光強度が増すという趣旨の主張をしているが、たとえ光線経路が上記主張のとおりであるとしても、上記の各構成部材はいずれも透明であつてこれらによる光の吸収は極めて小さいものと認められ、一方前者の不透明中心電極については、「不透明」という用語が必ずしも光の反射率の大なることを意味するものではなく、不透明体表面の反射率はそこに反射層を設けてあればともかく、一般には可成り小さいものと認められるので、筒内に出る螢光光線による筒外発光強度の増大が、後者におけるよりも前者において格段に大きいものとは到底認められず、また環状発光体の内側に反射層を設けることも螢光灯等において周知であるので、上記第二点の差異も単なる構造上の微差にすぎないものと認める。

その他請求人は請求書において、後者は外側から内側に向つて順次に製作するに反し前者は逆に内側から外側に向つて順次に製作するので、前者の方が製作容易であるとも主張しているが、後者についても、それを前者同様に内側から外側に向つて順次に製作することが不可能であるとする根拠は何ら認められないので、結局請求人のこの点の主張も採用するに足りないものと認める。

以上のとおりであつて、本願の実用新案は上記登録実用新案と全体として類似であると認められるので、これを旧実用新案法第四条の規定により登録すべきものでないとした原査定は妥当なものと認める。<昭四一・八・四>

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